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help リーダーに追加 RSS 『大空の魔法使い ―豚と悪魔と魔法― 』【第2章・第1幕】

<<   作成日時 : 2008/11/21 07:03  

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「沈黙が言葉にまさる場合もあるだろうし、言葉が沈黙にまさる場合もあるだろう」
    < エウリピデス『オレステス』 638 ギリシャ・ローマ名言集・柳沼重剛編 より抜粋 >

 イギリスのロンドンは緯度でいえば日本の樺太に位置する。
10月の下旬ともなればかなり寒いというイメージがあるが、その実、思いのほか暖かい。
西岸海洋性気候により温暖で適度の湿度を持った土地柄であるからだ。
 ロンドンの中でもチェルシーは東西にキングス・ロードが走っていて、サッカーで有名なチームのホームスタジアムがある。
 この地区にはロンドンのほかの地区よりも多くのブルー・プラークがある。
ブルー・プラークとは著名な人物がかつて住んだ家などに、歴史的建築物として表示するために設置されている標識みたいなものである。

 今まさにこの場所の一角で魔法が使われていた。
高級住宅街が立ち並ぶ中で、ここはこじんまりとしていてかなり歴史を感じさせる家だった。
とはいえ、庭には小さいが温室があり、家人の趣味であろうか花壇もよく手入れがしてある。
家は古びてはいたが白を基調とした2階建ての家だった。

 ベスは自分からだが光だし、その光に包まれたところまでは覚えていたが、気がつくと全く見知らぬ場所にいた。
その場所はよくある家の中の居間のようでテーブルに椅子が並んでいたが、不思議なのが部屋全体に奇妙なものが置いてあることだった。
理科の実験などで使われるビーカーやフラスコ、試験管にアルコールランプ。棚には数多くの鉱石やホルマリン漬けされた不気味なもの。書棚には収まりきらない分厚い本の数々。壁には見たこともない絵画などが所狭しと飾り立てられていた。

「これは可愛らしい使い魔さんですこと。ピンクの子豚とは」
豚のベスに声を掛けたのは、この家の主人である魔法使いのメアリー・ブリンであった。
少し小太りして、いかにも裕福そうな老婦人に見えるのだが、実のところいったいどのくらいの年齢なのか分からない。
ベスはあまりのことに涙を流すことさえ忘れているようだった。
「ブゥ〜」(え?)
彼女は小指を立ててティーカップを持ち、もう一方の手でテーブルに置いてあるパソコンを操作していた。
「ヘンリー。この子豚ちゃんの話が聞きたいから、魔法の帽子を持ってきてちょうだい」
ヘンリーと呼ばれたのはメアリーの専属の使い魔である犬のアイリッシュ・ウルフハウンドのことだ。
使い魔のヘンリーはひと言、吠えるとアンテークな感じのハンガーラックから三角帽子を咥えてきた。
「ありがとう。ヘンリー」
メアリーはヘンリーから帽子を受け取り、ロマンス・グレーの髪をした頭にかぶるとベスに改めて話しかける。
「これであなたのしゃべる言葉が分かるはずだから、改めてご挨拶しましょう。あたしはメアリー・ブリン。魔法使いのメアリーよ。メリーと呼んでちょうだい。こちらにいるのがわたしの使い魔、ヘンリーよ。よろしくね」

ベスは迷子なって泣き疲れた子供のように虚脱感一杯な表情で答えた。
「あたしはベス。エリザベス・タイラーよ。人間のはず、こんなブタじゃないわ」
メリーはベスに茶を勧める。
「まあまあ、落ち着いてちょうだい。ミルクティーなんてどうかしら。今日はアッサムにしたからミルクティーには最適よ」
豚のベスには普通のカップでは飲めないので通常の5倍以上も大きいティーカップを彼女の前に置く。
「これならあなたでも大丈夫だと思うわ。ヘンリー用の予備のカップなのよ」
しかもそのカップはウェッジウッドのワイルドストロベリーシリーズで、他のカップとお揃いであった。

メリーは一口、お茶を飲んでから話を続けた。
「わたしから見ると、使い魔のピンクの子豚にしか見えないのだけれど、違うとおっしゃるのね」
ベスは無言でうなずく。
「では、ゆっくりと詳しく話を聞きましょう。その前にそのお茶を飲んで体を温めることが大事よ」
ベスは一部始終をメリーに話していくのだった。

 ベスの口癖混じりの話を一部始終聞いたメリーはため息をつく。
「ふぅ〜。それは難儀ですこと。でも悲観することはないわ。少し大変だけど、必ず元に戻れるわ」
涙をこぼしながら話すベスにとっては朗報だった。
「本当! ほんとうに元の人間に戻れるのね」
メリーはミルクティーのお茶請けとしてスコーンを焼いていた。
「スコーンはいかが? 付け合せはクロテッドクリームにする。それともジャム方がいいかしら」
ベスは取り敢えずジャムにする。
メリーはスコーンにジャムをつけながら話を続けた。
「悪魔はもう一度呼び出せば戻してやると言ったのなら、その約束は必ず守られるわ。魔法世界の者にとって契約は絶対なの」
ジャムをつけたスコーンをベスに差しだした。
「どうぞ、美味しいわよ」
そして話を続ける。
「ただし再度、悪魔を呼び出すにはあなた自身が力をつける必要があるわ。いろいろな意味でね」

ベスは不安がはしる。
「でも、あたし魔法なんてTVとか、ゲームの中だけのものだと思っていたし、今でも有り得なくて、意味不明〜です」
と話しながら取り分けられたスコーンの皿から一つ口に運んだ。
「大丈夫よ。わたしの所で魔法について学びなさい。そして、その後は試練の旅に出て力をつけるの。よろしいこと」
メリーはお茶を飲みながらも、その瞳は真剣だった。
ベスはまだ腑に落ちなかったが、それでも外に道はなくうなづくしかなかった。

メリーは紅茶カップをコースターに置き、右手の人差し指を立ててこう言った。
「では、さっそくレッスン1よ。先ずはこのミルクティーとスコーンをすべてお腹の中に片付けることよ」

ベスは大きくうなづくのだった。

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